

前回の勘違いだったのですが、炭鉱への道だと思って進んでみたA地点から見下ろす。数m高さが違うので炭鉱道ではありませんでした。
B地点で振り返る。こちらが炭鉱道でしたが。
間もなく行き当たる。ハテ。
崖を上がってC地点に出て向こう側を見てみた。道も無いしこっちじゃない。
B地点の広場には石炭が少し落ちているが。ここでまっすぐ炭鉱の川へ向かえばいいものを、周辺探索して時間を使ってしまった。
D地点。山腹から複数のパイプが出ているが、上には何も見当たらない。
D地点の先。道は続くが特に何もなさそうなので引き返す。
序盤だけしっかり踏み分けがあった廃道を笹をかき分け進んでみた。E地点の遺構。便槽かな。
F地点。一度右手に降りてジグザグに下の川を渡渉し対岸をぐっと登る道。行ってみたがこの先左に登って上を目指す笹道だったので引き返す。
学校跡の碑を見つけられないままだったので渡渉してG地点。これでも見つけられず、発見は後編にて。
そして、午後3時半を過ぎてようやくH地点。国道から入り口があるではないか。車で来るならPAに止めたほうが無難と思う。
すでに靴は濡らしているので、遠慮なくザブザブ渡渉してI地点。左端は保安林標識。
さらに炭鉱の川を渡渉。奥に道幅の土地が広がる。水量は本流に比べれば大したことはない。
ご覧の通り笹もなく、サクサクと進める。
このルートが正しいと確信できる遺物。
ここにも遺物。なお、当初は入り口だけ撮って後日に回すつもりだったので現地では時間を気にして焦り、撮影地点は確認していない。
飛び出たパイプと奥にドラム缶。この手前で斜め右後ろに分岐する広場と廃道があり、そちらの探索は後編にて。
砂防ダムはこの少し先にもう1つある。そちらは後編にて。
J地点。ここの手前で道が細くなってたし、この先も細いので、これで終わりかと考えてしまったのと、午後4時という時間的に限界。
左手の支流。倒木の根元を穴と勘違いしたが、何もない。と思ったら5/3の再訪時に下の太いパイプに気づいた。これがあるという事はまだ上流側の先があるという事。
というわけで4/29は時間切れで撤退しまして、5/3にこの先にアタック。後編にて。





















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