2015-06-21

室蘭 ペシポク洞穴

昨日、仕事を休みにして1日散歩切符でふらっと。自転車なくても良かった感じ。
干潮の時しか行けませんし、干潮でも海が荒れている時は無理。現地手前で靴が水没せざるを得なかったが、平らな岩場だから裸足でも良かったよねと帰りに気づく。気持ちに余裕がなかった証拠。
海岸を30分ほど歩いてやっと到着。

干潮の時は独特の眺め。昆布もいっぱい落ちてました。


 奥に小さく明かりが見えますが、貫通はしています。




意外と撮るものないよねぇ、と。コンロでも持ってってコーヒー沸かして小一時間ボーっとしたいかなと当初は思ってましたが、水もポタポタ落ちてくるし時間を気にして落ち着かず、さっさと帰りました。

2015-06-16

札幌 手稲鉱山・元山 後編

坑口がありました。

こちらは試掘跡か。

フタされた坑口(板に鉄骨が仕込んであってビクともしない) 。

とりあえず横の隙間から撮影。進入可能性についてはノーコメントと含みを残しておきます。

これは少しだけ先の穴ですが、川の水がここに入って最初の穴から出てくるという仕掛け。 元々の流れは別で、水路だったわけではありません。

通り抜けても仕方ないかなと思い、靴を濡らさぬよう少しだけ入る。

穴を見つけたことでとりあえず良しとして引き揚げましたが、後で地形図をよく見ると、ココは昔の坑口じゃないようです。いずれまた行かないと。

で、帰りは乙女の滝に寄ります。コンクリートの遺構と思いましたが、また汲み取り便所の便槽でした。

探ってみると石垣も。この辺は鉱山住宅が密集していたんで、鉱山施設ではなく住宅のものでしょう。

そして乙女の滝。まあまあですね。 滝つぼの縁がキレイに削られた感じだったので、昔に住宅の水汲みとか水浴び場として使われたのでは。

かくして出発点まで戻ったわけですが、そこに乙女橋がかかっていて対岸には踏み分け道。何かある、と感じて川上へ。廃道が尽きる辺りに空間があり、上まで石が。これ、石段が土に埋まったものでした。

そこからさらに斜面を上がっていくと。神社の跡ですな。私を呼んだのはこの「気」だったのか。


札幌 手稲鉱山・元山 前編

昨日さらに地形図を1枚お買い上げ。目標物件が出ている中で最も新しい昭和30年資料修正の「銭函」。平和の滝方面にあった札幌鉱山なども載ってます。

札幌市の自然歩道のルートでもあるので今までは大衆向けと軽くみて小学生以来行ってませんでしたが、日曜の午前に腹ごなしに乙女の滝まで行った時に少し藪入りしてみましたら遺構がボロボロ見えたんで、ちょっと本腰入れてみるかと。
地形図を時代順に見ていくと分かりますが、俗に手稲鉱山と言う時の住宅地近くの選鉱場の辺りは昭和後半の最も後に出来た部分で、最初は滝の沢の奥の2か所ほどが始まりでした。ネット検索すると選鉱場の周りだけ探索して「完結」としているものばかり見られますが、それはちょっと甘すぎじゃね?というわけで私が出撃。


今回の服装はガチ探索用ですが買い物用のママチャリでぶらっとって感じで自然歩道入り口の車道終点へ。まずは普通に自然歩道のルートである林道を行きます。一般車は入れませんがダンプなどの業務車両も結構通りますね。

道中の風景。道路沿いに石垣がいくつも。住宅跡です。学校跡と思われる笹に覆われた広場もありました。


これはカマドですね。

ちなみに。乙女の滝のすぐ先で地形図では橋で川を渡ってさかのぼると坑口となってますが、現在その地点は砂防ダムの堤体となっていて渡れず、水量もあるのでどこかで力技で渡渉して回り込まないと到達できないと思います。

そして滝の沢分岐点。まずは直進(自然歩道の男子大回転コース)します。丸太橋を渡って昔の鉱山道を。

分岐点から500mほどですかね。道端にズリ山です。確かに古いズリで登ってみましたが普通に積まれたもので何もなし。その辺だけ鉱石がいくつか落ちてました。


で、道が細くなって(鉱山道から外れて純粋な自然歩道)カーブする手前の、地形図では火薬庫となっている辺り。結構深い藪で構築物は見えません。霧がかっている事もあって踏み込まず。

地形図では坑口が対岸に表示されてますが、明らかな道があるわけでもなくこの藪で、これは時期を変えて調べなきゃダメだなとここで撤退です。

そして分岐点に戻ってもう1つの道へ。しばらく行って怪しい分岐があったんで入ってみると。後編に続く。

2015-06-06

幾春別森林鉄道 盤の沢支線

桂沢ダム管理事務所を過ぎた所から幾春別林道となり、その6km地点に盤の沢があります。林鉄の盤の沢支線の路線長が不明なのと、写真集の路線図での川の分岐が現状と異なるので、どこまで伸びていたかは旧版地形図(昭和31年版)を参照するしかないと思いますが、(川を渡る回数から)これ以上は無いと思われる点線道に変わるまでを往復してきました。

写真の撮影地点をGPSで記録しなかったのですが、貯木場か施設跡だったと思われる2,3の広場の他はありふれた林道風景で遺構は何も見当たらなかったので、こんな感じの所を走っていたという事が分かれば良いのではないかと思います。

まずは林道始点。右への分岐がそうですが、カーブが急なのと勾配もあるので、林鉄はここからではないなと。その少し先に行ってみると切り通しを見つけたので、そこを通って盤の沢林道に合流する形になると思われます。

桂沢湖を背にする形で撮影。正面を貫通するように切り抜いた跡がありますね。

そして、川を渡るまでに2カ所の広場。


傍らには巨木が。

 そして川を渡り(普通の小さいコンクリ橋。その直後やや勾配あり)、沿線風景。



 そして点線林道に分岐する200mくらい手前に広場。

この先も行けないことはなかったんですが、遺構が無いことでモチベーション下がりまくりでした。

国道に戻ってきて午後3時。あとは温泉に入って岩見沢駅まで自転車で自走しましたが、温泉の券売機で釣りの500円を取り忘れた事に気づいてがっくりでした。


2015-06-05

幾春別森林鉄道本線~桂沢ダムまで

まず手がかりとなる資料は、北海道森林管理局のサイトにある「幾春別森林鉄道 写真集」。これがバイブルとなります。(出典を明記すれば引用OKとあるので、問題が起こらぬ限りはこのように転載します)

最初の路線図。大ざっぱで役に立たないように見えますが、ところがどっこい。橋の大まかな位置の他に、川の右岸か左岸かも表示されているので、現地に立てば路線跡の平場が割と特定できるのです。

そしてもう1つ。旧版地形図・岩見沢(昭和28年修正測量、昭和31年9月発行)には桂沢ダム手前までの路線が描かれています。

現在は1號橋から2號橋までサイクリングロードとなってます。2號橋から西桂沢の平野を横切って右岸に差しかかった所ですが、

左側に導水管の埋まっている平場で、右側に緩やかに少し降りて川沿いに行くルートの2つの平場があります。恐らく右側が路線跡でしょうが、その辺は冬季にでも踏破して確かめねばなりませんね。

そして切り通しはこんな感じ。

上の写真の右裏手はすぐ川なので、この区間は地形的に、路線跡をそのまま道路に転用するしかなかったようです。

というわけで、湯の澤縦断橋はこの辺のようですが、道路工事でキレイに撤去されてしまってますね。残念です。

この廃橋は昭和47年竣工の旧道のもので、この辺から3號橋・桂橋まで10mほどの段差で路線跡と廃道が並行しているのと、昭和20年代の道と森林鉄道の路線が地図上でほぼ重なっていたことから、昭和20年道をベースに鉄道を敷いたのか、並走する道が昭和20年からのものなのか、遍歴にナゾがあります。

さて。それではこの先の路盤跡へ突っ込みますよ。平地に見えますが奥の方は小川や湿地帯が隠れてるんで足元に注意です。

ただの藪に見えますが、この直線だけ土盛りで少し高くなってまして、道路ではなく路盤跡です。そして進むにしたがって土盛りの段差が大きくなって高度を上げていきます。

 左上が並行する平場になっているのが分かりますでしょうか。廃道で昔のゴミがいっぱい落ちてます。

そして3號橋に着きました。 水道橋に転用されています。

 横から見るとこんな感じ。

 写真集での3號橋。

 写真集での桂橋の奥に小さく写っている3號橋。

 現在の様子。

こうして左岸に移動した本線の先ですが、現在はこの先に貯木場があります。
貯木場の右側に沿って直進するラインが見えますでしょうか。これが路線跡かと思いましたが、昭和20年代の廃道で、路線跡は貯木場の左側を川に沿ったままダム堤体手前まで続いています。

これ以上はダムを過ぎるまで追えませんが、支線は沢が明示されていますし、廃線跡が林道となっているので追跡可能かなというわけです。最後に3號橋を上から。

写真集では、3號橋のたもとに地蔵があったと記述がありますが、現在はその形跡はありません。林鉄脇に地蔵というのはナゾな気がしますが、この区間は昭和20年代の道の上に作られたので、そうすると納得いきますね。