2012-11-25

栗山トンネル

ずっと天気が悪く雪も降ってきて、春先までしばらくは派手な行動はできないかなという感じになってきました。冬の間は主に、近場の山をスノーシューで散策したり、温泉に行く程度の地味な行動で、その分、翌シーズンに向けての情報収集と計画立案に時間を割いたりします。

ネタも少なくなってきてますが、今回は春先に一眼レフを買った直後に行ってみた廃トンネルを。栗丘駅と栗山駅の間にあり、堀淳一さんの著書にも紹介されてます。まともに入り口から入るより最寄に駐車帯があるのでそこから横穴に入るのがベストかなと。


線路がありますが、見てお分かりの通り崩落してますんで列車が来ることはありません。現路線はすぐ横に別のトンネルが掘られてます。
 他に撮るものがないので、撮り方を変えるぐらいしかないのです。これはどうやって撮ったんでしょうね。

この後は栗山市街に移動して、小林酒造に少し寄りました。レンガの倉庫が並んでいて、資料館も見学できますよ。

2012-11-09

国道229古道 余市山道 後編

潮見町の集落との連絡道分岐から先。私有地があるために100mほどは刈り払われていますが、その先は夏場は道が分からないのではないかというほどに藪に飲まれています。
潮見町から豊浜までは以前の積雪期にスノーシューで歩いたことがあり、道の様子は大体分かっていました。しかしその時は隧道が雪に埋もれていたので山を直登して越えたため、目当てのものは今回初めてです。しばらく藪の中を歩いていきますと。ありました。
大正時代の地図にもあるので、そのくらいの古さです。積もった土砂が逆に水の流入を防ぐ役割を果たしているのか、中は乾燥して良い状態。
ちゃんと通じてますね。しかし坑口周りに若干のクラック(ヒビ)があるので、頼むから崩れないでくれよとライトも使わずに足早に通り抜けました。豊浜側の坑口は。
 少し離れた所から。車も通していたので交互通行のために少し広くなってますね。
先へ進みましょう。木も生えていて、さらに道が荒れていきます。ということは、この先に通行不能を決定付けた何かがあるということ。
こんな所を車で通りたくはありませんわね。左は急斜面で昔ですからガードレールもありません。その先の180度ヘアピンカーブ。
これだけ見ると道だか山だか分かりません。
 笹薮も濃い箇所がありますんで、視界と注意を取られて路肩を踏み外して転落しないようにしましょう。
で。この先はどうなってるのかといいますと、どんどん山を下っていって、集落の家々が見えるというのに川に行く手を阻まれます。橋が消滅してるんですね。今回はどうせならと途中から送電線の作業道で川まで近道しました。

最初に冬に来た時は、雪で高さのある岸でドスンと踏み込んで雪塊とともにふわりと川面に降下し水に浸かる前に対岸にジャンプしましたが、少々届かずに靴が浸水。今回はもう少し確実に行きたい。まあ浅瀬もあるので靴脱いで渡ればいいんですけどね。

笹をつかみながら岸を移動して、倒木のあるポイントを見つけました。しかも2本あるので、その間に入って両脇に抱える体勢で体を振って少しずつ前進し、無事に対岸へ。せっかく古地図があるので古平方面へとさらにアタックしたいところですが、ちょうど雨が降ってきたのでここで終了。

豊浜町のバス停で10分待ち。これは旧道の滝の澗隧道で、現在では潮見町までトンネル1つです。余市に移動して、あの毛利さんの実家である余市川温泉で汗を流しました。


2012-11-07

国道229古道 余市山道 前編

天気の良くない日が続いてますが、予報と気象レーダー画像を検討して、早めに切り上げれば何とか、と判断して出てきました。
午前10時に小樽駅、少し待ってから余市行きのバスに乗ります。余市富川車庫のバス停より少し先に脇に入る道。林道か民家の私道のように見えますが、よく見ると荒れた舗装の跡がちらほら。コレで間違いないと思って進んでいきます。当日に急に決めたので、資料どころかGPSも持たずに出てきたのです。
ここで先にイントロを出しておきましょう。他のサイトなどからの引用をまとめます。
現在では当たり前のように海岸を周る道がある積丹半島ですが、その歴史は浅く、整備されたのは昭和の後半になってから。余市~古平間も海上交通が主で、最初はアイヌの刈り分け道がある程度、1845(弘化2)年に余市~豊浜間の山道ができたのが最初ですが、それもあくまで「山道」です。

その後も改修はされたようですが荷車すら通すにはほど遠く、昭和初期の改修になってようやく、小型乗用車を使った乗り合いバスが通じました。しかし危険を感じた利用者の改良の声は日増しに強くなったといいます。
今回踏破するのはその道でありまして、雰囲気が多少なりとも伝われば幸いです。

さて、少し入ると朽ちたゲートがあって、そこを過ぎると林道状態、そして苔むした落石が少々あってドロドロにヌカる地帯、藪化も進んで少し見通しが悪くなってます。その一帯を抜けて、梅川墓地の裏手手前の登りに入る辺りから道の状態が急速に良くなります。どうやら、古道に沿って送電線があり、その管理のために最低限の刈り払いなどされてるようです。
 国道の山側に墓地があり、そこを見下ろす位置に古道がありまして、余市市街が見渡せます。
古道は山の斜面に沿っていくので、直線距離では目の前に見える地点に行くにも、ぐるりと谷を回りこむような形をとります。川の方へ降りていくような道の跡と思われるものをみかけたのでマークしておりましたら、丸太2本をまとめたような橋を発見。降りてみます。
 これは車道となる前の元々の古道の残骸ではないかと思われます。夏場で木々の葉が生い茂っていると発見が難しいのではないでしょうか。右手はすぐ山の斜面でぐっと上がらねばならないので、このままの道の線形で車を通すことはできず、ぐるりと回りこんで上がるルートになったのでしょう。

梅川墓地を過ぎてから梅川3号林道や梅川林道への分岐で2つほどT字があるので間違わないようにしたいものです。海や目的地を見据えての方向感覚があれば大丈夫だと思いますが。

この辺は梅川林道との重複区間のようで、この丸太橋から少し進むと林道ゲートと看板がありました。 それを過ぎると梅川トンネルの古平側出口が見えて国道が見下ろせ、さらには小さなゴミ処理場の敷地に入りまして、現国道と行き来もできます。そのまま敷地を進むとサビて朽ちたゲートがあり、その先から再び古道が続きます。

しばらくはそこそこ良い道の状態。
 しかし、送電線の管理道が分岐した後で道が荒れてきてまして、もっと気をつけるべきだったと今になっては思います。いつもの探索時は軍手着用ですが、この時は素手でした。油断しすぎ。
 ここで道の真ん中に紙が落ちてました。2枚組で昭和22年と35年の古地図のコピーに、現在の地図に詳細な書き込み。地名の由来から鉱山で採れる種類、行程とバスの時刻メモまで。前日に雨だったのに紙の状態が良く、行程からすると2時間以内に先行した”同業者”だと思われます。軽くショックを受けました。
検索などで持ち主の方が見ておられましたら、持ち帰ってしばらくは保管しておりますのでご一報を。

ちょうど、豊浜から先の明治古道にアタックしたいのだけど道筋を示す古地図が無いしなぁと思っていたところだったので、お宝Getキター!!と夢中で見ながら進んでおりましたら、実はブービートラップだったというオチ。

つまずいて転び、右小指と左足数ヶ所に出血を伴う損傷、首から提げていたカメラには泥がべっとりと。ちょうど倒木があって枝の折れ口に太ももが直撃したんですよねぇ。モンベルのウェアは汚れただけで無傷。さすがです。

すぐ近くに小川があったので傷口を洗って処置。カメラの泥も拭いてほとんど落とせたので、問題ないと判断して、潮見町の集落に連絡する分岐まで5分程度という位置でしたが続行を決断。

2012-11-04

八九郎温泉

天気の悪い日が多くなってきて寒くもなり、そろそろ外をぶらつくのもお終いかなという感じになってきてまして、次も普通にサイクリングはできなさそうな天気予報ですんで過去の温泉ネタでも引っ張ってきます。

温泉マニアには有名ですが、秋田の八九郎温泉。津軽半島を一周した翌日に行ってきました。補給の都合上、少し手前の奥羽本線・碇ヶ関駅で降りて自転車を展開してからコンビニで買い物し、1駅分進んでから国道282へと入っていきます。ちょっとキツイなぁという登りが続き、峠を越してからは小坂町の方まで一気に下ります。

ネットで詳細地図は出てないようですが、国道からの入り口の写真は見ていたので、そこから集落の方へ。住所というか集落の名前は覚えてません(苦笑)。
 本当にこっちで正しいのかなと思いつつ、のどかな風景の中を進みます。
 ビニールハウスが湯屋になっている、という事だけしか情報がありませんでしたので、ピキピキとカンを働かせながら進んでいきますと。
 アレが怪しい、とは思ったものの。民家の前を通ってあぜ道を行くような感じになりますんで、なかなかに勇気がいります。思い切って、犬に吼えられながら自転車で突入。すると、ビンゴでした。
 入り口には寸志の料金箱があります。さっそくお湯をいただきましょう。
 豊富にかけ流されておりまして、爽やかで良いお湯です。少ししてから地元の方が来ましたんで少し談義しました。帰りにも、休憩してた神社の辺りで「どこへ行くんだ?それならこの道を・・」と声をかけられましたが、この辺は閉鎖的な感じはしませんでしたね。

さて。次は、奥奥八九郎温泉。山の中にあるというので、そっちに向かって林道に入っていきます。途中で分岐が2つほどありますが、どっちも左だったと記憶してます。それほどキツイ道ではなく、ほどなくして着きました。
 ここだけが急に開けているので不思議な感じです。ゆったり湯を味わいたいところですが、時期が悪くて(6月初旬)アブが非常に多く、着替える時も襲われ続けました。
 残念ながら、10分も入れたかどうかという程度。ちょうど今くらいの時期なら最高なんでしょうが、JRのお得な切符がなくってなかなか行けません。しかしいずれまたとは思います。
中間地点に奥八九郎があるそうですが、場所が分からなかったのと、ネットの情報では湯船などあまり良い感じではなさそうでしたんで、探し回ることはしませんでした。

この後、キツイ日差しの中を国道103で十和田湖手前を通って迷が平、新郷村のキリストの墓に寄ってから十和田市へ。疲れで足が動かずに時間がギリギリで、ピラミッドに寄れなかったのは残念です。

2012-11-01

奔別アートプロジェクト 後編

さくさく続きいきましょう。





いったん外に出て上の階にも少し作品があります。パンフレットを見ずに進んでいたので、これも通り過ぎるところでした。

 左手の黒い毛虫みたいのは空気で膨張して動いてます。
 下はこんな感じ。
 机の上には「耳を机に当ててください」というメッセージ。みえないとき。
 外に顔を出してみた。
 とまあ、ざっとこんな感じで、気をつけて進んでいたつもりでも気づかずに通り過ぎてしまった作品も2,3ありました。作者の意図した撮り方ではないかとも思いますが、その辺はご容赦を。