我路も含めて何度も来ているわけですが、今回は気楽にいきたいという事で、ぶらっと散策してきました。何か少しでも新しい発見があればいいなと。
2016年9月の「美唄 郷土資料館と三菱美唄・滝の沢坑」の記事で林道を横切る鉱山軌道跡の話を出しましたが、斜面を登って隧道の坑口を確認。人為的に埋められていますね。他の探索者の足跡もありました。
これは我路の露天掘りのすぐ横の地点。
常盤台に行って森林公園の裏山を回る住宅街跡の林道の方へ。これはコンクリートを使ってるんで人工物ですが、何でしょうね。対になってないから門柱ではないし。道から分岐する朽ちたゲートがいくつかあって、何かはあるんでしょうが熊などリスキーなので今回はパスしました。
道道脇ですが、建物があったのか完全な天然岩盤ではなく少し削った形跡がありますね。
森林公園の先のホッパー。
これは上のホッパーの近くの対岸ですが、何やらあるので行ってみました。今まで気づかなかった。
排水施設の跡でしょうね。人が入る建物って感じじゃありません。
森林公園の奥側の端の坑口です。
我路に戻って、我路から川沿いに進む徒歩廃道に少し入ってみたり。我路神社はまだ荒れていませんね。額の装飾は往時の華やかさを物語っています。
本当は道道を奥の方まで行ってみたかったんですが、東美唄トンネルの絶賛工事中で、常盤台の辺りに開削された残土置き場から多数のダンプが行き交っていて、通行止めではないけど面倒だし土埃もひどいので引き返しました。道路は古く狭いままなのでトンネルが開通してもすぐには供用されないでしょうね。測量はしてましたが何年先になるやら。
2018-05-11
万字 二見沢炭鉱
相生沢と万字の本坑から1日おいて、相生沢の記事地図中に図示した二見沢をやっておかないと気になって仕方ないという感じで、再び現地に向かいました。
道道脇に自転車を止め、斜面を降下していきます。元々から道道のラインに古道があったわけではないので、道道から降りる廃道はありませんが、この辺は藪が薄いので降下は楽です。
降りるとまず目を引くのは、このそこそこの広さの平場。ログにはありませんが(衛星をロストして行きの行程が記録されてない)、平場の周囲をぐるっと回って接続する廃道や遺構の有無をチェックしました。建物の土台などの遺構は皆無。
残された人工物はこれくらいでした。
そしてそこから一直線に降りていく太い廃道が。傾斜がそこそこあり、自動車用に設計された道ではないですね。
ほぼ正面に万字温泉跡の建物が見えてきますが、川に寸断され、対岸に道の続きが。
この川にぶつかった所から斜め右45度後方へと川沿いに廃道が分かれています。下の写真の左手が川で、右の斜面を登ると降りてきた直線廃道です。
その川沿いの廃道は流れに削られたのか狭くなっていき、幅が無くなる所で対岸に渡ります。 下の写真で分かるように、対岸ではすぐに藪が濃くなります。
この対岸廃道を50mくらいか進むと、斜面に当たって藪も深まって廃道のラインが読めない。その地点の数m四方に3つの遺物が。太さ3cmくらいのワイヤーは索道のものでしょう。 写真では現像時に加工したので鮮明ですが、現地では深藪と木陰で暗くて分かりにくく、周辺に遺構が無いか探索するのは難しいです。
進むとすれば。この地点に降りてくる水流のほとんど無い傾斜45度くらいの沢谷。上の3つの遺物は増水時に上から流されてきたのではないかと。この谷を上がるとその脇に徒歩道のラインも所々あった。沢谷は激藪に覆われていて、水路部分がトンネルのように少し空間があるので、そこを狙ってかき分け広げながら登っていく。
そして、やっと登り切った。
と、その瞬間。
私の手が素早くポケットの音ピストルを取り出し、2発発射。このわずか数m先の藪に潜んでいたクマが藪を動かしながら後退するが、すぐに止まる。さらに2発撃つとまた後退するが、70mほどの距離で止まったままで、決定的に退散することはない。
しかもだ。後退時に熊は、左右に体を振るように回避運動をしていた。コイツは銃とハンターを知っている。間合いの取り方も。だから大きく退散はせずに機会をうかがっている。 手ごわい。
この日は刀は持っていたが、ロケット花火はいらないだろうと持ってこなかった。例えあったとしても、長く関わっちゃいけないヤツだ。撃ちまくっても有効打が無いと学習されてしまう。ここで上の写真を1枚撮ってから、慌てず整然と後退降下にかかる。慌てて引いて、逃げてると思わせちゃダメ。少し降りてから、テキパキと一気に下まで駆け滑り降りるように。先のワイヤーの写真は、下に降りてから追ってくる気配がないので追加として撮ったもの。
上の写真ですが、現像時に拡大してみたら、現地で私の感知した位置に熊の鼻らしきものが写ってました。他のヒグマの鼻も参考画像として添えておきます。まあやっぱ距離は70くらいか。突進されたら4秒ってとこで決して余裕はない。
いつもはせいぜい数発しか撃たないのに、この日は嫌なプレッシャーを感じて定期的に撃っていき、弾倉を3回交換した。通説としては、音を出していれば熊は逃げていくと言いますが、このようにピストル音が近づいても藪で待ち伏せして狙ってくる熊もおり、私は熊鈴はほとんど使いません。撃つまでもないなって時に手で鈴を振って反応を伺うために取り出すくらい。常時チリチリ鳴らしているとかすかな藪の気配を逃してしまう。あと、熊スプレーってのも私は信用してない。あれで実際に突進してきたヒグマを正面から跳ね返した実例を聞いたことが無い。
そんなに、甘いもんじゃない。
道道脇に自転車を止め、斜面を降下していきます。元々から道道のラインに古道があったわけではないので、道道から降りる廃道はありませんが、この辺は藪が薄いので降下は楽です。
降りるとまず目を引くのは、このそこそこの広さの平場。ログにはありませんが(衛星をロストして行きの行程が記録されてない)、平場の周囲をぐるっと回って接続する廃道や遺構の有無をチェックしました。建物の土台などの遺構は皆無。
残された人工物はこれくらいでした。
そしてそこから一直線に降りていく太い廃道が。傾斜がそこそこあり、自動車用に設計された道ではないですね。
ほぼ正面に万字温泉跡の建物が見えてきますが、川に寸断され、対岸に道の続きが。
この川にぶつかった所から斜め右45度後方へと川沿いに廃道が分かれています。下の写真の左手が川で、右の斜面を登ると降りてきた直線廃道です。
その川沿いの廃道は流れに削られたのか狭くなっていき、幅が無くなる所で対岸に渡ります。 下の写真で分かるように、対岸ではすぐに藪が濃くなります。
この対岸廃道を50mくらいか進むと、斜面に当たって藪も深まって廃道のラインが読めない。その地点の数m四方に3つの遺物が。太さ3cmくらいのワイヤーは索道のものでしょう。 写真では現像時に加工したので鮮明ですが、現地では深藪と木陰で暗くて分かりにくく、周辺に遺構が無いか探索するのは難しいです。
進むとすれば。この地点に降りてくる水流のほとんど無い傾斜45度くらいの沢谷。上の3つの遺物は増水時に上から流されてきたのではないかと。この谷を上がるとその脇に徒歩道のラインも所々あった。沢谷は激藪に覆われていて、水路部分がトンネルのように少し空間があるので、そこを狙ってかき分け広げながら登っていく。
そして、やっと登り切った。
と、その瞬間。
私の手が素早くポケットの音ピストルを取り出し、2発発射。このわずか数m先の藪に潜んでいたクマが藪を動かしながら後退するが、すぐに止まる。さらに2発撃つとまた後退するが、70mほどの距離で止まったままで、決定的に退散することはない。
しかもだ。後退時に熊は、左右に体を振るように回避運動をしていた。コイツは銃とハンターを知っている。間合いの取り方も。だから大きく退散はせずに機会をうかがっている。 手ごわい。
この日は刀は持っていたが、ロケット花火はいらないだろうと持ってこなかった。例えあったとしても、長く関わっちゃいけないヤツだ。撃ちまくっても有効打が無いと学習されてしまう。ここで上の写真を1枚撮ってから、慌てず整然と後退降下にかかる。慌てて引いて、逃げてると思わせちゃダメ。少し降りてから、テキパキと一気に下まで駆け滑り降りるように。先のワイヤーの写真は、下に降りてから追ってくる気配がないので追加として撮ったもの。
上の写真ですが、現像時に拡大してみたら、現地で私の感知した位置に熊の鼻らしきものが写ってました。他のヒグマの鼻も参考画像として添えておきます。まあやっぱ距離は70くらいか。突進されたら4秒ってとこで決して余裕はない。
いつもはせいぜい数発しか撃たないのに、この日は嫌なプレッシャーを感じて定期的に撃っていき、弾倉を3回交換した。通説としては、音を出していれば熊は逃げていくと言いますが、このようにピストル音が近づいても藪で待ち伏せして狙ってくる熊もおり、私は熊鈴はほとんど使いません。撃つまでもないなって時に手で鈴を振って反応を伺うために取り出すくらい。常時チリチリ鳴らしているとかすかな藪の気配を逃してしまう。あと、熊スプレーってのも私は信用してない。あれで実際に突進してきたヒグマを正面から跳ね返した実例を聞いたことが無い。
そんなに、甘いもんじゃない。
2018-05-10
万字 相生沢炭鉱
万字炭山の最も夕張寄りの相生沢の遺構の話です。検索してもほとんど情報はありませんが、唯一引っかかったものを引用しますと、
相生沢という処は山を少々整地した狭い平地に6戸続きのハーモカ長屋と称する住宅が12棟程あり、その近くに炭砿配給所があり、ここで炭砿從業員用食糧品をを扱ってをり、この地区より少々下った所に石炭を採堀する坑口と、ケーブル原動所、その他の附属施設があった。
又そこから山道を少々下った処に朝鮮飯場という独身朝鮮人約30人が居住している飯場(ハンバ)と称する家屋が一戸あり、これが相生沢の全部であった。
旧版地形図・夕張炭山(T5測量S7-7-30発行)より。
昔の地形図は割といい加減なので照合に苦労しますが、道道から分岐している林道のような廃道が昔の道だと思います。赤で書き込んだ部分は旧版地形図からの私の推定です。また、当時は現地で度忘れしていてスルーしてしまいましたが、二見沢炭鉱の坑口の擬定地点もオマケで。
入り口はこんな感じ。ジムニーなら何とか行けるかなという感じですが、100mも下りれば現地なので車を入れない方がいいかと思います。
湿地にしか見えませんが、左手の谷側から行くとヌカらずに楽に行けました。
このパイプで炭鉱施設跡だと確信。
これはズリです。谷に落としていったんですね。
壁沿いに行ってみましたが、向こうは普通に土で、坑口がどこにあったのやらと。もっとも、100年くらい前のものですから、崩落して潰れて現存してはいないだろうとこれ以上の深入りはしませんでした。
上の地形図で平場と書き込んだのは、住宅があったのではと思われる平場が少し離れた道道から見下ろせました。遺構は無さそうだったので斜面降下はしませんでした。
上の地形図の左端になりますが、ピピッとカンが働いて林道を少し入ってから廃徒歩道で降りると、滝がありました。
二見沢炭鉱は2日後に再出動しました。
相生沢という処は山を少々整地した狭い平地に6戸続きのハーモカ長屋と称する住宅が12棟程あり、その近くに炭砿配給所があり、ここで炭砿從業員用食糧品をを扱ってをり、この地区より少々下った所に石炭を採堀する坑口と、ケーブル原動所、その他の附属施設があった。
又そこから山道を少々下った処に朝鮮飯場という独身朝鮮人約30人が居住している飯場(ハンバ)と称する家屋が一戸あり、これが相生沢の全部であった。
旧版地形図・夕張炭山(T5測量S7-7-30発行)より。
昔の地形図は割といい加減なので照合に苦労しますが、道道から分岐している林道のような廃道が昔の道だと思います。赤で書き込んだ部分は旧版地形図からの私の推定です。また、当時は現地で度忘れしていてスルーしてしまいましたが、二見沢炭鉱の坑口の擬定地点もオマケで。
入り口はこんな感じ。ジムニーなら何とか行けるかなという感じですが、100mも下りれば現地なので車を入れない方がいいかと思います。
湿地にしか見えませんが、左手の谷側から行くとヌカらずに楽に行けました。
このパイプで炭鉱施設跡だと確信。
これはズリです。谷に落としていったんですね。
壁沿いに行ってみましたが、向こうは普通に土で、坑口がどこにあったのやらと。もっとも、100年くらい前のものですから、崩落して潰れて現存してはいないだろうとこれ以上の深入りはしませんでした。
上の地形図で平場と書き込んだのは、住宅があったのではと思われる平場が少し離れた道道から見下ろせました。遺構は無さそうだったので斜面降下はしませんでした。
上の地形図の左端になりますが、ピピッとカンが働いて林道を少し入ってから廃徒歩道で降りると、滝がありました。
二見沢炭鉱は2日後に再出動しました。
2018-05-09
万字炭山 坑口と遺構
俗に万字炭山の遺構というと、万字炭山駅跡や森林公園の辺りを思い浮かべるかと思いますが、今回の記事は二見町側に少し移動した坑口と施設群の遺構です。
アプローチは、覆道の夕張側出口の近くに川の方へ降りる廃道があります。ただ、入り口付近がちょっと笹があるので、道道を少し行った辺りで斜面降下する方が楽かもしれません。
廃道を降りるとこんな感じで、細長く奥行きのある敷地です。
その左手に半地下の土台。中は物置のような感じで空洞です。
そこから少し行った遺構。
上の写真でも見えてますが、給水塔とシックナーかな。
川にレンガの壁が落ちています。
新鮮なクマの足跡。進行方向に逃げたようですが、(今の時期は)割と見通しのいい空間なので、そのまま進みました。
大坑道坑口とあります。
その先にももう1つ。
ここが一番奥の遺構です。
オマケですが、さらに道道を夕張方面に進むと道路の下に変電所の遺構があります。道路の向かいの山上に巨大な鉄塔が立ってました。
アプローチは、覆道の夕張側出口の近くに川の方へ降りる廃道があります。ただ、入り口付近がちょっと笹があるので、道道を少し行った辺りで斜面降下する方が楽かもしれません。
廃道を降りるとこんな感じで、細長く奥行きのある敷地です。
その左手に半地下の土台。中は物置のような感じで空洞です。
そこから少し行った遺構。
上の写真でも見えてますが、給水塔とシックナーかな。
川にレンガの壁が落ちています。
新鮮なクマの足跡。進行方向に逃げたようですが、(今の時期は)割と見通しのいい空間なので、そのまま進みました。
大坑道坑口とあります。
その先にももう1つ。
ここが一番奥の遺構です。
オマケですが、さらに道道を夕張方面に進むと道路の下に変電所の遺構があります。道路の向かいの山上に巨大な鉄塔が立ってました。





























































