【不定期更新になります】
当初はほぼ週1回の更新でしたが、ネタを意識すると縛られてしまうし疲れるので、
気が向いたときに撮ったものを1点ずつ出してく方向にしようかと。

2018/06/09

今週の裏側~余市へぶらっと

裏側と言っても本記事は無いんですが、何も出さないまま放置してると熊に襲われて死亡説も出てくるやもしれませんので。

火曜は引きこもってダラダラしてしまったので、このままでは駄目人間になってしまうと、とりあえず余市へとサイクリング。鉱山があった豊丘の方は行った事がないし、ネットでブログなど見てみて大したものはなさそうなのだけど、自分で見てみない事には。

塩谷駅からスタートしましたが、国道5号の出来立ての忍路トンネルはまあまあですね。旧道の方はせっせと廃道化工事をしている様子。

そして、余市市街から豊丘へと曲がってふっと横を見た時に「ファッ!?」と。

隧道? 坑門がやけにしっかりしている。

民家の敷地内だったので内部は確認できず。反対側に回ってみましたら斜面が墓地になっていて、開口したようなものはなかったので、隧道ではなく防空壕ではないかと。鉄の扉もありますしね。余市の浜は結構埋め立てられていて昔の海岸線とは違いますが、それでも地理的にこの辺に隧道を掘る必要性は無いだろうし。

で、豊丘の方ですが、前評判通りに特に遺構が残っているわけではないのと、ダムはゲートで立入禁止で住友金属の現役管理区域もあるので分け入る所もなかったんですが、川原に降りたら背の高いコンクリートとパイプの遺構はありました。木に隠れていますが、縦長のコンクリから横にも太い鉄パイプが飛び出ています。

これは立入禁止の広場の方で、コンクリートのマスみたいなもの。これくらいですね。

先ほどの穴の近くの住宅街には、民家の裏にこんなものが捨て置かれるように。三界万霊って新興宗教系かな。 明治から昭和初期にかけて能力者ブームみたいなのがあって、豊浦の山梨地区には国鉄バスの路線が引かれるほどの施設がありましたが(前にチラッと裏側に写真1枚を出した事もあったけど私有地なので記事にはしなかった)、そういう時代と関係あるのかなと。

余市も意外とナゾの町でした。

2018/06/02

のと鉄道・能登線 南黒丸~白丸

のと鉄道の廃線跡巡りの続きです。

南黒丸駅は荒れた脇道の先にあり、写真左手が路盤で、正面の木の左脇がホーム入口です。




鵜島駅は道路工事の関係でざっくり撤去されており、GPSの示す駅付近で路線跡を示す橋台を撮りました。

そして恋路駅。トロッコ鉄道として使われているので管理されています。





松波駅です。




九里川尻駅。バス停右の砂利道から入ります。




白丸駅。ここは行きにくい。農道のような細い道をしばらく行き、車を草にこすりながら止まっている農作業の軽トラをかわし、この辺のはずだが・・と藪に目を凝らしてようやく発見。飲み込まれています。

他の駅もそうですが、国道や県道の流れとは関係なく路線を引いているので、なかなか見つけにくい場所にある駅もあります。

2018/05/25

三菱美唄を再訪

我路も含めて何度も来ているわけですが、今回は気楽にいきたいという事で、ぶらっと散策してきました。何か少しでも新しい発見があればいいなと。

2016年9月の「美唄 郷土資料館と三菱美唄・滝の沢坑」の記事で林道を横切る鉱山軌道跡の話を出しましたが、斜面を登って隧道の坑口を確認。人為的に埋められていますね。他の探索者の足跡もありました。

これは我路の露天掘りのすぐ横の地点。

常盤台に行って森林公園の裏山を回る住宅街跡の林道の方へ。これはコンクリートを使ってるんで人工物ですが、何でしょうね。対になってないから門柱ではないし。道から分岐する朽ちたゲートがいくつかあって、何かはあるんでしょうが熊などリスキーなので今回はパスしました。

道道脇ですが、建物があったのか完全な天然岩盤ではなく少し削った形跡がありますね。

森林公園の先のホッパー。

これは上のホッパーの近くの対岸ですが、何やらあるので行ってみました。今まで気づかなかった。

排水施設の跡でしょうね。人が入る建物って感じじゃありません。


森林公園の奥側の端の坑口です。




我路に戻って、我路から川沿いに進む徒歩廃道に少し入ってみたり。我路神社はまだ荒れていませんね。額の装飾は往時の華やかさを物語っています。



本当は道道を奥の方まで行ってみたかったんですが、東美唄トンネルの絶賛工事中で、常盤台の辺りに開削された残土置き場から多数のダンプが行き交っていて、通行止めではないけど面倒だし土埃もひどいので引き返しました。道路は古く狭いままなのでトンネルが開通してもすぐには供用されないでしょうね。測量はしてましたが何年先になるやら。