2018-04-26

上砂川 中町と東町

先日の「上砂川炭鉱と氷筍」の時に確認したい事が残っていたのもあって、再び行ってきました。

まずは温泉の手前の中町地区ですが、春だから、道路の脇に壁が生えて・・・

じゃなくて、これは坑口が埋められたんですね。扁額の跡があります。

その辺は地表そのものが石炭です。

そして、その先(市街地側)に氷筍の坑口と封鎖坑口が並んでありましたが、さらにその先には軌道跡への保線用階段では?という遺構が。

登ってみましたが、やはりこれは道路と言うより軌道の路盤の気がします。

その先はすぐに整地された斜面になって元々の地形が分からなくなっているのが残念です。

それでは東町地区へ。 炭鉱からでしょうか。住宅街の上にも延々とありましたが配管が伸びています。


こういう古い電柱も住宅街の上にいくつか。


これは対岸からの橋脚でしょうね。

取り壊されずに放置された東町の団地。水の音・・と思ったら、破裂した2階の水道管から1階の壁に水が流れている音で、今でも元栓が開いたままというね。



東町の奥は古い炭鉱があったわけですが、現役管理されてますし埋め立てられて分からなくなっているので進入は控えました。

これは市街の路地にある遊園地跡。今ではゴミの集積所。ここの市街は古い店でも意外と人がいて”生きて”いたりしますね。

2018-04-25

月形炭鉱の積み出し施設跡

ミニレポばかり続いていますが、現地に行ってみないとどれくらい遺構があるか分からないので、仕方ない部分もあります。

さて。Wikiには書かれていませんでしたが、豊ヶ岡駅は元々は乗降用の駅として設置されたのではなく、月形炭鉱から索道で送られてきたものを貨車に積み込む施設があったのだということを、以前に豊ヶ岡駅に掲示されていた資料で知りました。

JRの車窓から今でもコンクリートの土台が面しているのを目にすることができますが、他に何か遺構がないのかを調べるべく、行ってみました。


割と古い時代のもののようで、現地には道らしい道もなく、笹が倒れた春先なら行けますが夏場は笹薮で進むのも難しいでしょう。

これが残っている唯一の遺構で、土台のみ。当時はほとんど木造だったようです。 

 反対側から。なぜ内部が掘ってあるのかは不明です。

 このように、線路の方を向いてみても他には何も見当たりません。

そして、コの字形に線路に面した積み出し口の土台。上に上がってみましたがホッパーのように内部が空洞ということもなく、普通にコンクリート壁です。上に生えた木の成長具合からしても、相当の年月を感じさせます。

とまあこんな感じで、これしかなくて残念でした。

2018-04-10

定山渓鉄道のキロポスト etc.

地下鉄の地上部分は定山渓鉄道の跡地を利用したというのは有名な話ですが、真駒内駅のすぐ先には路盤跡が少し残っています。そこにキロポストがありました。


この1本だけです。


 他には、路盤脇に標識か何かの土台のコンクリが。これは2ヶ所視認。

その後、サイクリングロードを支笏湖方向にしばらく走ってみましたが、久々にカンが働き、とある場所で自転車を止め、雪に埋もれた道をしばらく歩いてみましたら。ダンジョンの入り口を発見。結構大きい。ライトやヘルメットなど入洞装備がないのと割と崩れやすい地質で落石もちらほらあるので、これ以上は接近しませんでした。

ラルマナイまで戻ってから恵庭方面への道に入り、ラルマナイの滝に立ち寄り。ついでにフキノトウを少し収穫。

3度目くらいですが、泥沼の廃道を通って恵庭森林鉄道の橋梁跡にも立ち寄り。車も通れないくらい細い橋ですが、何か所か穴が開いており、ちょっと冷や汗もんでした。林道経由でも来れるので、次からは橋を渡らないルートにしたい。

こんな感じのサイクリングをしてきました。