現在の地形図ではこの辺です。実は先月の旅行の時にリュックの中身を全部出していたのを戻してなくて、音ピストルや刀はおろか、熊鈴さえも家に忘れてきた事が発覚。それで見通しの悪い奥地の藪への突入ができなくて手前で引き返してきました。
アプローチは難しくありません。無意根山の登山道ともなっている林道に入って宝来沼の向かいに廃道の入り口があります。ここまではちらほら人に遭遇しました。
この入り口の左側に小沼があるせいで道が少し崩れていて(今は水流は無い)、右側に降りてから上がるという感じ。
笹がありますが、割と道はハッキリしています。
この辺は地形図では平野になってますが、建物の跡などは皆無。コンクリート以前の時代だという事ですね。
行く手に藪がありますが、左の斜面キワにスペースがあるので、そこを前進。
谷が狭まってきて、地面は川からの水で湿地帯となってます。道としてはこのまま正面ですが、視界が効かなくなってくるので、この時の装備ではこれくらいが限界かなと引き返しです。
真横を向くとちょっとしたスペース。写真奥の藪の直前にイタドリを刈り倒したものがあり、雪で倒れたものではなく作為によるもの。そのすぐ近くに笹を倒したスペースもあったので、昨シーズンの熊の寝ぐらといったところでしょう。その付近に川から水を引いたような水路の跡があったので、当時そこに家もあったのではと。
それでは、次に稲豊鉱山に向かいます。道道1号に入り、旧道の水没地点を撮る。
旧版地形図「銭函」、大正5~6年測図・昭和10年修正。
「北海道金属非金属鉱床総覧」(工業技術院地質調査所 1967)によると、
石狩国札幌市定山渓、定山渓温泉の北北西方約8km、小樽内川中流にある。この間、自動車を通ずる。昭和10年頃金銀を目的に探鉱した。休山中
現在の地形図では、四つ峰トンネルの北の迷沢川を目印にすればよい。
迷沢林道ゲート。先に上流側を見てきましたが砂防ダムしかありません。
河原に降りてみます。迷沢の上流側を見ると川沿いに徒歩道の跡が感じられますが、鉱業の痕跡無し。
林道ゲートの裏側の辺り。地盤は岩石質。
右手が小樽内川で、左から注ぐのが迷沢川。
ここで注目。上の写真の真ん中左側に緑の土嚢の袋が3つほどチラリと見えます。しかし、この辺の岩石地質で土嚢がここにあるのはオカシイ。拡大撮影。土嚢の上に小さいが空洞ではないか?
普段は靴を濡らさずスマートにいきたいと遠慮がちですが、今回はスニーカーのまま足をドボンと。迷沢を渡って対岸へ。やはり土嚢の上は空洞で、ビンゴでした。
カメラを突っ込んでフラッシュ撮影。坑道は健在です。土嚢を完全に撤去すれば水も抜けそうだが。
帰宅してから失敗に気付きました。旧版地形図を見るとここから少し離れた北西の斜面にもう1つ坑口があるようではないですか。この時はここだけだと思って確認しませんでした。



















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