昭和の地形図には炭鉱軌道は描かれていないので、どのレベルで残存しているかは怪しいもんでしたが、それを確認してみようというわけで、基本は奔別川沿いを支流の部分まで見ていこうとしたわけです。
そして、小川をまたぐ隧道の坑口跡を発見と。
幾春別側の坑門。
残念ながら、両側ともに崩落して自然な斜面に戻っていて、坑門のコンクリートだけです。 大正時代のものですからね。
コンクリートだけということで、橋台の可能性もありますが、
・ 地形的に斜面が急でそこに行く廃道跡が無く、旧道は少し高い位置で現道と並行
・ 強度が求められる橋台の真ん中にわざわざ大きい穴を開けるとは思えないし、橋台としては厚みがない
ということで。
他に軌道や隧道の跡があるとしても、現役の露天掘り敷地か奥地かですんで、難しいですな。
現地で見ても仕方のない物件ですが、行く方は現地の斜度が急なのでルートを見極めて慎重にどうぞ。私は現橋の幾春別側の下をくぐる形で降下しました。
さて。あとはオマケです。
冬に行った吊り橋跡は草木で見えなかったので引き返しまして、これは途中にある奔別川を渡る橋の跡。この規模を見ると、左岸の廃道もかつてはそこそこ重視されていたのだと思われます。
これは、国道から左岸の廃道を少し進んで道が荒れてきた地点の平場。 遺構はこんなもの。奥地へと続く左岸廃道はこの直前で分岐して少し山側をいきます。詳細は前回記事の地形図を参照。
国道にほど近い所に並行して残っている廃橋。道からでは隠れて見えにくいです。









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