天気の良くない日が続いてますが、予報と気象レーダー画像を検討して、早めに切り上げれば何とか、と判断して出てきました。
午前10時に小樽駅、少し待ってから余市行きのバスに乗ります。余市富川車庫のバス停より少し先に脇に入る道。林道か民家の私道のように見えますが、よく見ると荒れた舗装の跡がちらほら。コレで間違いないと思って進んでいきます。当日に急に決めたので、資料どころかGPSも持たずに出てきたのです。
ここで先にイントロを出しておきましょう。他のサイトなどからの引用をまとめます。
現在では当たり前のように海岸を周る道がある積丹半島ですが、その歴史は浅く、整備されたのは昭和の後半になってから。余市~古平間も海上交通が主で、最初はアイヌの刈り分け道がある程度、1845(弘化2)年に余市~豊浜間の山道ができたのが最初ですが、それもあくまで「山道」です。
その後も改修はされたようですが荷車すら通すにはほど遠く、昭和初期の改修になってようやく、小型乗用車を使った乗り合いバスが通じました。しかし危険を感じた利用者の改良の声は日増しに強くなったといいます。
今回踏破するのはその道でありまして、雰囲気が多少なりとも伝われば幸いです。
さて、少し入ると朽ちたゲートがあって、そこを過ぎると林道状態、そして苔むした落石が少々あってドロドロにヌカる地帯、藪化も進んで少し見通しが悪くなってます。その一帯を抜けて、梅川墓地の裏手手前の登りに入る辺りから道の状態が急速に良くなります。どうやら、古道に沿って送電線があり、その管理のために最低限の刈り払いなどされてるようです。
国道の山側に墓地があり、そこを見下ろす位置に古道がありまして、余市市街が見渡せます。
古道は山の斜面に沿っていくので、直線距離では目の前に見える地点に行くにも、ぐるりと谷を回りこむような形をとります。川の方へ降りていくような道の跡と思われるものをみかけたのでマークしておりましたら、丸太2本をまとめたような橋を発見。降りてみます。
これは車道となる前の元々の古道の残骸ではないかと思われます。夏場で木々の葉が生い茂っていると発見が難しいのではないでしょうか。右手はすぐ山の斜面でぐっと上がらねばならないので、このままの道の線形で車を通すことはできず、ぐるりと回りこんで上がるルートになったのでしょう。
梅川墓地を過ぎてから梅川3号林道や梅川林道への分岐で2つほどT字があるので間違わないようにしたいものです。海や目的地を見据えての方向感覚があれば大丈夫だと思いますが。
この辺は梅川林道との重複区間のようで、この丸太橋から少し進むと林道ゲートと看板がありました。 それを過ぎると梅川トンネルの古平側出口が見えて国道が見下ろせ、さらには小さなゴミ処理場の敷地に入りまして、現国道と行き来もできます。そのまま敷地を進むとサビて朽ちたゲートがあり、その先から再び古道が続きます。
しばらくはそこそこ良い道の状態。
しかし、送電線の管理道が分岐した後で道が荒れてきてまして、もっと気をつけるべきだったと今になっては思います。いつもの探索時は軍手着用ですが、この時は素手でした。油断しすぎ。
ここで道の真ん中に紙が落ちてました。2枚組で昭和22年と35年の古地図のコピーに、現在の地図に詳細な書き込み。地名の由来から鉱山で採れる種類、行程とバスの時刻メモまで。前日に雨だったのに紙の状態が良く、行程からすると2時間以内に先行した”同業者”だと思われます。軽くショックを受けました。
検索などで持ち主の方が見ておられましたら、持ち帰ってしばらくは保管しておりますのでご一報を。
ちょうど、豊浜から先の明治古道にアタックしたいのだけど道筋を示す古地図が無いしなぁと思っていたところだったので、お宝Getキター!!と夢中で見ながら進んでおりましたら、実はブービートラップだったというオチ。
つまずいて転び、右小指と左足数ヶ所に出血を伴う損傷、首から提げていたカメラには泥がべっとりと。ちょうど倒木があって枝の折れ口に太ももが直撃したんですよねぇ。モンベルのウェアは汚れただけで無傷。さすがです。
すぐ近くに小川があったので傷口を洗って処置。カメラの泥も拭いてほとんど落とせたので、問題ないと判断して、潮見町の集落に連絡する分岐まで5分程度という位置でしたが続行を決断。







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