2026-08-17

岡山 吉岡銅山跡

前回のベンガラ吹屋集落の続きです。
集落から少し離れた所に、西日本有数の銅山であり三菱が手がけた最初の金属鉱山でもある吉岡銅山があります。ベンガラは酸化鉄なのにナゼ銅?と思ったのですが、江戸時代に銅山の捨石の中から硫化鉄鉱を拾い出して家内工業として少量ずつベンガラが作られたのが始まりだとか。

位置はGoogleマップに出てはいますが描写はちょっと正確ではない。西側の県道33からでも東側の県道85からでも行けます。私は吹屋から県道85を降りてきましたが、銅山への急坂分岐は一度通り過ぎてしまいました。

さて到着。観光客は誰も来てない。




最初は広場になってまして、右手に製錬所、左手の道がトロッコ道。まず右に行ってしまいます。


広場の真ん中にあるのはトロッコカルバートというトンネル。元々はこの辺はズリ山で、それを平らに均したのでトンネルが半分埋まってます。




製錬所の手前にあるのが沈殿池。



そして製錬所跡。

手前にあるのが円形シックナー。











それでは広場入り口に戻って、左手のトロッコ道を進んでみます。広場が終わると林道状の道になりまして、朽ちた木造の小屋もありました。その先に直流変換機室というレンガの遺構が。整った道はここまで。


山肌を良く見ると遺構が埋まってます。




でまあ、普通はこれで終わりと思うような眺めですが、まだ奥に・・というカンの声があったので、さらに踏み込んでみます。


すると、まだ遺構があった。




正直これは全く想定外の展開で、ガチ探索となると急斜面上のため、結構な時間を取られてしまう。残念でしたが、ここは上っ面だけ撮って撤退することに。
ここまで道も案内板も作ってないし草木に埋もれたままという事は、観光客を入れるつもりは無いって事ですかね。まあ普通に危ないし。









観光旅行のつもりで動いていても、突然探索が始まってしまうのが私の旅よ。
次回は資料館であるベンガラ館で吹屋は終わりです。笹畝坑道は事前予約制なので、時間が確定できない自転車旅をする私には相性が悪かった。

2026-08-07

岡山 ベンガラと銅の備中吹屋

旅の話の続きで、倉吉線の竹林廃線を撮った後、米子まで移動して泊まりました。
その翌朝も始発移動。早朝の米子駅。銀河鉄道のオブジェ。


伯備線で新見で乗り換え、方谷駅で下車。駅名は人名からきていて、駅舎は登録有形文化財。

山の中をしばらく走って、猪風来美術館へ。「現代縄文アート」がキーワード。残念ながら作品の方は撮影禁止でしたんで、建物だけ撮りました。入館料400円。図録代わりにパンフレットなど持ち帰って翌朝に岡山郵便局から郵送。
作品を見た後、館長さんご夫妻と少々茶飲み話しました。


問題はここから。林道法曽吹屋線で山越えして吹屋集落へ向かうんですが、林道の入り口はどこだ?と道端でタブレット見てたら、地元の方が軽トラで林道まで先導してくれました。
あとは急登坂なので、ひたすら自転車を押して山登り。もう二度とこんな所には来ない。

ようやく、吹屋の集落へ到着。
現代では住宅街ごとオシャレにデザインされたものがありますが、それを江戸時代にやったのが吹屋です。この赤色顔料を弁柄(ベンガラ)と言いまして全国に流通、「ジャパンレッド」発祥の地となりました。

重要伝統的建造物保存地区ですが、時間の関係で隅々までは見ていません。




少し移動して、観光用の吹屋ふるさと村です。




旧・吹屋小学校ですが、有料だったのでスルー。



ふるさと村に戻ります。






赤はどこから来ているのかって事ですが、吹屋は銅の鉱山町だったのです。次回は鉱山跡の探索となります。

国道276 美笛峠旧道 2012 後編(再掲)

前編からの続きです。もしまた機会があったら、落としてきた裾止めバンドとペットボトルを回収できるだろうか。






























今は亡き2代目の車体。この日は、道道78号支笏湖線を踏破してそのままこの探索をし、千歳駅まで走行しました。