2021-08-20

福井 一乗谷朝倉氏遺跡

永平寺から自転車で山を越えて小一時間という感じで割とすぐに一乗谷に着きます。
まずこの道の右手にある土盛りですが、ここは昔の下城戸で、写真に写ってない右端に巨大な石垣の壁によるクランク通路があり、そこに門があって守備の要となっておりました。
時間を気にして、そこまで撮らなくてもいいかとスルーしてしまいました。

平面復元地区に到着です。

復元された井戸。町屋の一軒一軒にあったようです。




それでは復元町並へ。武家屋敷のエリアですね。



日本で初めてトイレが確認されたという一乗谷ですが、金(タマ)隠しも復元されています。




下の写真だと分かりにくいですが、礎石の上に4本の柱を立てた薬医門(上級武家屋敷)。また、地面に2本の柱を立てたのが棟門(中級武家屋敷)。上の写真の左手のものですが撮りこぼしました。



武家の生活を支えるために町屋も少し入っていました。


それでは一乗谷川を挟んで反対側にある朝倉館跡の方へ。門中央上に朝倉の家紋が刻まれています。



上から見る。




上の斜面の方にある、中の御殿跡の方へ。





これは諏訪館跡庭園。

湯殿跡庭園。


最後は、一乗谷の奥側にある上城戸跡。写真右手の土盛りです。

この後は自転車でそのままJR北陸本線の最寄り駅に向かい、敦賀方面に移動しました。

2021-07-31

福井 京福電気鉄道 永平寺線

歴史的な経緯などは他サイトを当たって下さい。本来の廃線跡は芦原温泉駅の方からですが、サイクリングロードとなっている永平寺口駅からたどったものです。



サイクリングロード化にあたって変えられた箇所もあります。休憩所や遺構もありますが必ずしも駅跡というわけではありません。標識や遺構のある所で撮るようにしました。
路上の黒線は、ここを使った自動運転の公共交通の試行をやっていて、そのためのものです。
















終点の永平寺駅跡です。

永平寺は一通り撮りましたが、見直すとわざわざ見せるものでもないなと思ったので一部のみ。



永平寺の山を下りて一乗谷朝倉氏遺跡へ向かう途中。

2021-07-24

石川 とある石切場の洞窟

ハニベからの続きです。
当初の予定では、ハニベのすぐ近くにある鵜川石切場に寄り、遊泉寺銅山跡に行ってからしばらく自転車移動して日没前に別の石切場でシメとするつもりでした。
ところが。
情報元としたWebでは、入洞装備などは自前での前提のもとで立ち入り禁止ではなくご自由にという事(小松市職員の案内)だったんですが、いつの間にかハニベの関係者が仕切るガイドツアーのみとなっていて、何か事件でもあったのか2019年春頃から利用できないとツイッターで告知が。

ともかく現地に行ってみてワンチャン有れば一撃かますという方針で。これはGoogleストリートマップからですが、入り口はこうなってます。


民家の敷地奥の写真中央に斜面を上がる階段があり、そこから山に入ります。現在は階段脇に石切場の小さい看板とともに立ち入り禁止の封鎖があります。

このロケーションだけでも近所トラブルが起きて不思議は無い。私もさすがに敷地に踏み込む事はできませんでした。少し離れた所に山に入る砂利道があり、小さな墓地なんですが、そこからGPSを使って山中を突っ切るならば人目に付かず行けるだろう事まで確認。時間の関係もあって、ここは放棄して予定を進める事にしました。

それで、次の遊泉寺銅山。大半の遺構は撤去されて公園化されており、奥の方に大煙突と竪坑跡があるくらいなんですが、そこまでの道が車両進入禁止で(以前は奥に駐車場があったらしい)。自転車なら何も言われないかなとも思いましたが、観光客もゾロゾロいたし、徒歩で30分以上潰す余裕はないと断念。ちなみに小松製作所の発祥の地です。


これは銅山の真吹炉



案内看板が無かったが近くにもう1つ。


昔の石垣ですね。


というわけで、すでにグダグダ感はあるものの、またしばらく自転車で移動してその日最後のとある石切場へ。
暗いのでシャッタースピードを遅くしたら水滴が映り込む事まで頭が回りませんでした。色々と余裕が無い。まともな照明が無いので左手に自転車のライトを持ちながら撮影。