行きも帰りも小樽築港でパンを食べて少し休憩。

忍路に到着。右手奥がGoogleマップにも出ている恵比寿岩。
で、短い手掘り隧道あり。

明治からの地形図を見ても山側からの道がないので、かつてはこのまま行けたんでしょうが波で削られてしまったのだと思います。
ちょうど奥の辺りにかつて神社があって、その残骸でも見えれば水に入ってでも突っ切っていったと思いますが、何もなさそう。
こっちは穴や道は無いね。
忍路から蘭島に抜ける古い道があるんですが、そちらの分岐に最古クラスの学校がありました。行ってみると。残念ながら廃屋でした。学校は完全に撤去された後のようで。
道があるのは右に折れた所に畑があるからですね。ガレキではなく学校の残骸があればこの眺めもトトロ風だったんですけど。
戻る前に細胞神社を見てみるか。もしかしたら以前にも撮ったかもしれない。
国道の旧道はあと10年は熟成してもらいたい。
で、今回はなぜ忍路かというと、久しぶりに昔の地形図を集めだして、気になるポイントがあったからなのですが。見てしまうと、藪が収まる初冬まで待ってられなかった。
さて帰り道。
明治~大正期の国道5号は現在のフルーツ街道の一部で、現在はトンネルの所をぐいっと山越えしてました。これは1918(大正7)年発行。

それが1988(昭和63)年発行のものでは細々と描かれ。

1993(平成5)年のものでは西側が消滅して、代わりにフルーツ街道が出現してます。

消えた西側の痕跡はあるのかと行ってみて、ここかなと思う所に入ってみたものの、上まで登っても方向違いで。
東側から上に登ってみて(電波塔があるので舗装路になっている)見てみると。この正面が道のはずなんですが、とてもそうは思えない外見。GPSで位置を精査し、右手斜面の上から進行して見下ろすと、地形としては道の可能性はあるけど、藪にしか見えない。この道に何があったのか。
他にも廃された山越え国道はあるんですが今回は飛ばして、塩谷に残っている明治~大正期の国道5号。
踏切は一応は現役ですが、踏板の関係で車は通れません(現地に掲示あり)。
探索用車体の本領発揮で、草を踏み倒しながら自転車でそのまま突き抜けます。
ここから舗装路になり、現在の国道に合流と。
帰りは築港で夜7時になってしまったけど電車を使わずに自走で帰りました。

















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