東幌内炭鉱の住宅街をぶらりと撮影。犬に吠えられる。
旧版地形図ですが、境目でしたので「岩見沢」T5測量S28修正測量S31発行と、「夕張炭山」T5測量S10修正測量S22発行のものを貼り合せます。パソコンで画像を抜くには、右クリックで画像保存よりも、右クリックでリンク先を保存とした方が大きい画像が得られるかもしれません。
左端は朝日炭鉱ですね。本坑口の辺りは行った事があり、他のブロガーの記事もあるので深入りしませんでしたが、元々の炭鉱軌道跡の道を辿って行ってみるのはアリかもしれませんね。
そして東幌内炭鉱は2カ所。
左側の炭住街の北にある方から行ってみましょう。現在の地形図に道はありませんが、橋の脇から道が残っています。
地図の墓地の手前から道は笹薮になっていて、朽ちかかった木橋で対岸へ。
写真真ん中を横切るラインが炭鉱道で、地形としては健在ですが笹薮に埋もれています。
これが墓地。区画管理されていない昔の形式で、各々が斜面を削って墓所を確保する形だったのでしょう。墓石はほとんど移設されたのか、あっても土台が多く、かと思えばこれを撮った足元に墓碑名部分だけが立てかけられていたり。
墓地側を一段上がって進むと川沿いに降りて進む踏み分け道が。これを行けば何とかなりそうですが、時刻が 16:10 でしたんで今回はここまでです。
そして次は、地形図右側の後の時代の本来の東幌内炭鉱の方。他からの転載ですが、「駅から幌向川を渡り、奈良川に沿って北に向かう軌道は、奈良炭礦(後の東幌内炭礦)運炭軌道。約4.2kmで1928年運用開始、1970年頃まで使用された。」
入り口だけの短い道道1129号がその運炭軌道跡の道で、途中で軌道跡から上方にズレて登って行ってて、軌道跡は川沿いの方。その奥に坑口というわけで、道を通っていたライダー達の目に触れなかったようですね。往々にして、このような半端道道というのは鉱山の管理のために維持予算を割いていたりします。
この橋は昭和40年代の竣工。
どうもこの道道末端の一帯が施設跡らしい。
この運炭軌道跡を使った道道からそのまま続く道はかつては幾春別林道として幌内炭鉱の変電所や桂沢湖の方にも通じていて、ライダーのWeb記録も複数残っていますが、現在は通行不可能。すでに上記の施設跡の辺りに大きな倒木があって私の自転車も残さざるを得ませんでしたし、そこから200m位先のこのゲートも手前に小川が横切る状況。足元もヌカるのでここまでです。


















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