明治から大正時代にかけての、元々の奔別炭鉱の話。大正時代の地形図には炭鉱のマークがあります。
奔別沢の分岐点付近を拡大したのが、こちら。
まずは通行止の未成道の方へ入りますと、道端にレンガ造りの遺構。これは、万世斜坑の坑口だそうですが、穴はどこに?
大きくはないんですけど、複雑な構造。
左の穴。通路は狭い。
裏から撮影。
そのまま引き返して、ちょっと気になった橋の脇には刈り分け道。上の地図で青線で描いたラインです。金属の階段が設置されており、 川の縁には観測機器が置かれた小屋。その辺はそこそこの広場になってます。川には残骸。
この対岸には、明治~大正時代の坑口である第一斜坑、千成坑、八千代坑があったそうですが、痕跡は見えません。
これは何だろうか。
で、階段から降りる時に見渡しても何も見えなかったんですが(その方向からだと草の陰の岩に見える)、河原に一度降りてぐるっと回ってから上がりますと、穴とレンガの遺構が。
穴は人の背より深く、落ちたら上がれません。
これはそんなに大きくなくて民家の車庫レベル。レンズに汚れもなく曇り空で暗いのに中に光点が写っているのは気にしないことにしましょう。
広場の草むらに少し入ってみましたが、とりあえず遺構はこれだけでした。














4 件のコメント:
お疲れさまでした。ピピっときたので... なにやら気配を感じましたか??。
この時期は、探索も山中だと3時くらいで切り上げた方がいいのかな。
特に奔別あたりは。最初に出会ったレンガ造りの遺構は何なんでしょうね~
もう少し規模は小さいと思いますが、上羽幌の坑口近くだったか、似たような遺構があります。
レンガの積み方とかアーチ状が素敵でしたが、近くにクマさんの落とし物もありました!!
気配じゃなくて、単純に時間的な引き際ですね。これ以上山に入って何か見つけたら時間を食っちゃって気づいたら真っ暗となりかねませんから。
炭鉱のシステムが全く分かっていないので、当時何をやってたのか分かりませんね。せいぜいホッパーくらい。
羽幌はクマが出ますね。まあ曰くもあるんで、私はなかなか足が向きません。
こんばんは。このレンガの遺構のことで思い出しました。
知ってる方のHP「炭鉱を旅する」の中の~戦中戦前の奔別沢炭鉱の原風景~でも取り上げてます。奔別炭鉱の中でも早くから開けた万世斜坑の扇風機室のようです。大きくまあるくなってるところにかって扇風機の羽根があったものと思われます。夕張の平和坑の扇風機室と似てるかな。
ぜひ、ここは訪ねて見たい所です。
この炭鉱がネットに出てるんですね。資料が何もないと思ってました。扇風機室というのは意外。
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