2014-06-26

斜内山道

斜内山道。それは、かつて北海道の三険の難所の1つで、現在の浜頓別町と枝幸町の境の神威岬を越える道の呼称でした。
享和元年の記録では「巌山突出せり。浜を行んとすれども道なければ岩をよぢては山に登り、草にすがりて浜に下り・・・」。明治30年の拓殖年報では「枝幸郡斜内山道の如きは断崖壁、僅かにその中腹に羊腸たる小径があるに過ぎず」。
現在では2車線の旧国道と国鉄の廃線跡が並走していて十分な平場があるように感じられますが、大正8年の爆破作業とその後の拡幅工事で現在の地形になったのでしょう。

この辺の歴史は枝幸町史にあるものの、入手できる記録は十分とは言えず、旧版地形図で最も古い明治31年のものでも古道を描いたものではないようです。とりあえず現地を見てみねばと行ってきました。

斜内山道で検索すると、ここを通っていた国鉄の興浜北線の話ばかりが出てきて旧道の探索記録は見つかりません。とりあえず国鉄の路線跡に上がってみます。

道路の右手の一段上がったラインですね。

これが神威岬の灯台です。

位置関係になりますが、灯台へのアクセスとして旧旧道が砂利道のまま残っており、これを使うと楽に線路跡にも入れます。当時は踏切でクロスしていました。

国鉄線の30m上方にある旧旧道は昭和35年に海岸を回る旧道が開通するまで長らく使われました。下の写真で言うと、旧道の上とその上の2段に渡って平場のラインが確認できます。旧旧道は割と状態がよく、灯台の先は草生していますが旧道と合流するまで踏破は可能だと思います。

灯台の方からその旧旧道に進んでみますと、右手上方に何やら人工物が見えますよ。そして、そこに向かってジグザグに登るラインも。

 拡大しましょう。木製の電柱ですね。そしてハッキリ道のラインが刻まれています。

そのラインを右側の灯台方向に追いかけてみると。

 コーナーを回った所で灯台にぶつかって消滅。おそらく灯台の建設時に削ったのではと思います。

 灯台の先には平場がありますねぇ。

この廃道が本来の斜内山道に近いものではなかったかと思われますが、探索はいずれの機会にか。

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