2014-04-02

ミニレポ: 余市 歌越海岸

JR18切符が足りなくなって(来週使いたい)、1日散歩切符があるだろうと思っていたら3月末までだったと分かって失神したエイプリルフールの朝。行き先も思い浮かばないので温泉だけにするかと思って引き出しを開けると、余市山道の探索時に拾った古地図が。気になっていたアソコに行ってみるかと。

昭和30年くらいまでの地図にはあるものの現在は消滅している余市の歌越。松浦武四郎の「西蝦夷日誌」には「番屋有、大岩崩なり」とあり、アイヌの歌人違星北斗を輩出した違星家の漁場だった所だそうです。

JRとバスを乗り継いで「余市梅川車庫」で下車。養護学校と創価学会の間の道を海の方へと。しばらくは舗装されてますが、砂利道に変わり最終民家の後は廃道。道筋は川に並行してほぼまっすぐです。夏は笹などで激藪となって道が分からなくなります。一度、近くの山から見渡したことがあるもんで。
途中まで山が刈られていますが、その後は手付かず。狐が現れる。

ここが道の終点。この向こうは絶壁の崖です。古い廃車がありました。右手の方を下ると、真っ平らではありませんがそこそこの広さの台地が現れ、おそらくその辺が集落ではなかったかと。

これは終点左手の様子。川の流れのように凹んで曲がったラインが右から左へと続いてますが、こんな崖上にここまで削れる川が流れるわけはなく、これが古道でしょう。右でストンと消えているのは地滑り崩落でごっそり落ちて海岸に降りられなくなって集落が滅んだと推測。

これが歌越海岸。絶壁で降りられません。先へ伸びているのがオトドマリ岬。

道の終端右手の台地の方へ降りて崖上沿いに移動してみます。やはりここだけ木が薄くて、西蝦夷日誌の古道を感じさせます。

右手へ回り込んで向こう側からなら何とか降りられそうという箇所。それでもロープは要るでしょう。地形図と航空写真を見ると、もっと進んでシリパ岬の近くまで行けばもう少し傾斜の緩い降下ポイントがありそうです。 写真奥がそのシリパ岬。

海岸を見下ろしてもそれほどソソるものは見えなかったので、無理な降下はせずに引き返すことに。これは帰りの下り方向。夏場は道を見失いそうです。

検索してみると、昭和初期の余市新聞によると、シリパ岬と歌越の間のクヮチャライシに洞窟があり「鬼」と呼ばれた男が住んでいたそうな。いずれシリパ近くから降下に挑戦してみるかな。この古道と並行するようにもう少しシリパ寄りにも舗装市道から分かれる古道がありますが、夏場は踏み分け道程度の激藪で入り口に気づくのも難しいでしょう。

徒歩で余市駅まで行ってさっさと帰ってしまいましたが、何かあるんじゃないかとワクワク感があり、そこそこ満足しました。

2 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

故郷小樽余市の古地図古道を最近になって検索しているものです
すばらしい探索ですね
お疲れさまでした

Ricky さんのコメント...

ありがとうございます。「シリパ岬降下作戦」の項ではさらにもう少し様子が出ていますが、結局今のところ下には降りられていません。

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