坑道内部からの続きです。公開されているこの部分は他の観光鉱山と比べるとこじんまりとしています。古い時代のものなので、大半は人が潜れる程度の穴ばかりだったという事でしょう。
これも屈まないと入れない大きさ。フラッシュで撮影。
封鎖されてないだけあってすぐに行き止まり。試掘でしょうか。
ボコボコと穴だらけ。幌別の岩ケ崎坑を思い出しました。
公開坑口へ行くときに通行止めで迂回したと書きましたが、そのバリケードをかわして先に進むと、 左下に「夏しらず」坑口がありました。
35度近い猛暑日でありながら、この位置に立っただけで猛烈な冷風が吹き付けてきます。寒い。
通り道の傍らにも穴が。これは下に落ちているので下に坑道がある陥没かと思います。
このV字の切り通しは、通路であったか、地下への坑道が陥没してできたものか。
というわけで戻ってきまして、観光客が集まる滝です。坑口はこの上流に位置します。
その脇にある鬼子母神の祠。奥行きはありません。
復習ですが、通行止め部分を突破して奥に行くと、上の畑集落跡というのがありますね。鬼子母神の上の、こうもり穴には行かなかった。温泉街の反対側の裏には、岩薬師というのがあります。次の予定地があるのでゆっくり回れませんでした。
で、もう一度この案内板を読み返してみて、待てよ、と思った。
今回行った坑道群は、末期の頃に場所を変えて試し掘りしてダメだったエリアであり、元々江戸の初期に隆盛を誇ったのは西山地区。こちらには何も案内が無い。ネットで調べても資料も探索記録も無い。しかし、往時に2万人いたエリアに何らかの採掘跡や人跡が全く無いわけがない。他の人は気づいていないのか、あるいはアンタッチャブルなエリアなのか。
2018-09-26
2018-09-22
山形 銀山温泉の坑道 前編
山形の銀山温泉はレトロな温泉街の風景で有名ですが、その奥が鉱山だった事はあまり知られていません。一部は無料で公開されているので行ってみる事にしました。
銀山温泉で気を付けねばならないのは駐車場所です。日帰り入浴用の一般駐車場は温泉街の数百m手前に少しあるだけで、私が行った時もちょうど1台分しか空いていませんでした。
車を置いて歩いていくと温泉街が見えてきます。
温泉街に着きました。温泉街の風景は皆さんよく撮っているし、当ブログで普通の風景の需要は無いようなので(苦笑)出すのは控えます。
本題は温泉街を過ぎた所からです。まず左手に疎水坑があります。
そして川沿いの道を進みます。観光客はなぜかここまでは来ないようです。
橋の脇の足元にある竜潜窟という穴から水が流れ出ていました。
斜面にも昔の坑口が。人が屈むか這うかくらいの大きさしかありません。
崩れたか埋められたか。
川沿いの道は途中から崩落封鎖されていて回り道でぐっと登ってから下に降ります。
ここが坑口の1つです。
後編に続きます。
銀山温泉で気を付けねばならないのは駐車場所です。日帰り入浴用の一般駐車場は温泉街の数百m手前に少しあるだけで、私が行った時もちょうど1台分しか空いていませんでした。
車を置いて歩いていくと温泉街が見えてきます。
温泉街に着きました。温泉街の風景は皆さんよく撮っているし、当ブログで普通の風景の需要は無いようなので(苦笑)出すのは控えます。
そして川沿いの道を進みます。観光客はなぜかここまでは来ないようです。
橋の脇の足元にある竜潜窟という穴から水が流れ出ていました。
斜面にも昔の坑口が。人が屈むか這うかくらいの大きさしかありません。
崩れたか埋められたか。
川沿いの道は途中から崩落封鎖されていて回り道でぐっと登ってから下に降ります。
ここが坑口の1つです。
後編に続きます。
2018-09-16
碁石海岸と蔵王
タイトルの2か所には関連はないんですが、写真点数の関係上まとめました。
今回の旅のテーマは、過去の取りこぼしを拾うことです。寄るつもりではあったんだけど時間がたってしまい、どうせならこの機会に少しでも回ってしまおうと。
尾崎半島の神剣の後は南下していき、日没前に大船渡市の碁石海岸に寄れそうだと思い、その日最後の立ち寄り先としました。震災5年後に自転車で三陸を回った時に、行こうとして時間的に厳しくなって1km位手前で引き返したのです。どうしてもって場所ではないんですが、何かスッキリしないものがね。
午後6時半くらいでしたか、日没寸前でカメラの感度設定も上げまくり。
そこそこ歩いたんですが、こんなものです。もう行かなくてもいいかな。
その日は午後9時に石巻の道の駅に着き、翌日は福島の浜通りまで行けないかと思ってましたが、ここまでの時間経過でちょっと厳しいかな(福島だけで終わってしまう)と思い、南下はやめて山形へ向かう事に。どうせなら、一度も行ってなかった蔵王に寄ってみるかとエコーラインの道へ。遠刈田温泉を過ぎた辺りから道の勾配がキツくなり、軽では踏み込んでもなかなか進まない。蔵王を抜けるだけでガソリンが千円分くらい消えました。
有名な、お釜です。
風景観光はこれくらいで、次は鉱山跡へ。
今回の旅のテーマは、過去の取りこぼしを拾うことです。寄るつもりではあったんだけど時間がたってしまい、どうせならこの機会に少しでも回ってしまおうと。
尾崎半島の神剣の後は南下していき、日没前に大船渡市の碁石海岸に寄れそうだと思い、その日最後の立ち寄り先としました。震災5年後に自転車で三陸を回った時に、行こうとして時間的に厳しくなって1km位手前で引き返したのです。どうしてもって場所ではないんですが、何かスッキリしないものがね。
午後6時半くらいでしたか、日没寸前でカメラの感度設定も上げまくり。
そこそこ歩いたんですが、こんなものです。もう行かなくてもいいかな。
その日は午後9時に石巻の道の駅に着き、翌日は福島の浜通りまで行けないかと思ってましたが、ここまでの時間経過でちょっと厳しいかな(福島だけで終わってしまう)と思い、南下はやめて山形へ向かう事に。どうせなら、一度も行ってなかった蔵王に寄ってみるかとエコーラインの道へ。遠刈田温泉を過ぎた辺りから道の勾配がキツくなり、軽では踏み込んでもなかなか進まない。蔵王を抜けるだけでガソリンが千円分くらい消えました。
有名な、お釜です。
風景観光はこれくらいで、次は鉱山跡へ。
2018-09-08
釜石 岩に刺さった神剣を求めて
俺はもっと強くなるんだっ!! と思ったかどうかはともかく。
アーサー王伝説の神剣エクスカリバーや、ドラゴンボールに出てくるゼットソードのような、岩に刺さった神剣が釜石にあると知り、それをぜひとも抜き・・ゲフッ・・拝みたく、行ってきました。
その場所は、尾崎半島の奥にある尾崎神社の奥の院。尾崎神社には、浜町の里宮と、尾崎白浜の本宮、青出浜の奥宮、最奥の奥の院の4か所があります。
アクセスは、震災前は青出浜まで観光船がありましたが今は無く、尾崎白浜まで車で行ってからしばらく歩かねばなりません。しかも、ルートは地形図の通りではない上に、熊によって途中の標識が柱ごと破壊されて消滅しているために、GPSの示す地形図ルートを1つの目安として、わずかな痕跡を頼りに進んでいくしかありません。
以下のログを見ても、青出浜までの前半の往復がカギとなるのがお分かりかと。
まず、レンタカーで尾崎白浜に着いて、近くにいた人に駐車しても問題ないか確認して本宮の近くに車を置いて参拝、実は本宮からそのまま遊歩道でも伸びているのだろうと軽く考えていました。
しかし、道が無い。案内板も無い。
海岸沿いに車道末端まで歩きましたが登っていく道も標識らしきものも見当たらず、末端近くで作業していた漁師さんに尋ねたら、上に上がって林道末端まで行き、そこから歩くんだと教えてもらいました。本当に今から行くのか?(午後2時半) 道に迷うなよと何度も念を押されましたが、その意味は後で知る事に。
車を動かして林道に向かいましたら、ガレていて、走行ラインを慎重に見極めながら左右に振って行かないとパンクしたり車体を損傷する恐れが。自家用車を持った事のないレンタカードライバーですが、フッと口元を緩めながらグイグイ進みます。
林道末端は縦に2台分くらいなら置くスペースがあります。虫よけスプレーなど身支度を整えて登り始めます。最初はジムニーなら行けるかなというくらいの作業道レベルですが、右に 曲がった後は崩落などで道が狭まり、尾根を越える峠では徒歩道に。
倒木がある峠部分は要注意です。地形図でも道がクロスしてますが、そのままだと山を登る違う道に行きそうになります。たまたま、林業作業で休憩していた地元の方がいて(音も無く近づいたんで驚かせてしまった)、方向を教えてもらいましたが、最初は半信半疑な感じ。
というのも、ジグザグに急速に暗い林の中へ降下していくコースで、少し降りてからはしばらく一直線に。踏み跡の痕跡は感じられるものの、気を付けていないと道が分からなくなります。こんな感じで藪が無いので、どこが道だと言われても不思議はない。
たまたま気づけた標識の残骸。熊に破壊しつくされたんですね。板を止めるボルトが残っているので、標識だったと分かります。 帰りにさらに、行きでは気付かなかった残骸を見つけました。
これは青出浜にだいぶ近づいた地点の標識。これが無かったら左前方に行ってしまうかも。
やっと青出浜の奥宮に着きました。水場で給水します。これは助かった。 時間が無いので青出浜には降りられませんでした。
ここから先は倒木があるものの道は分かりやすいのでさほど問題はないでしょう。ただ、奥の院の少し手前で感じたものがあって足が止まり、大急ぎでリュックから音ピストルを取り出して弾を装填、3発撃ったら上の尾根の方から犬の唸り声のようなものが少し聞こえました。たぶんヤツです。さらに2発撃って去った感じがしたので、そのまま続行。ほどなく奥の院に到着。
玉垣は震災後に修復したそうです。
これが神剣かっ・・!
これを抜いてそっと戻したかどうかは内緒ですが、何か強くなったような気がする(えー)。
まあともかく、山の日没は早いので、すぐに撤退にかかります。帰りは所々で念のためにピストルを撃ちました。よく見ると、標識の破壊されたエリアでは数メートルおきに蛍光テープの破片が地面にあり、それでルートに確信が持てました。
結局、2時間ちょいで林道末端から往復できましたが、地元の人に教えてもらわなかったら行けなかったと思います。観光案内のpdfファイルにはトレッキング上級者でも要注意とありましたが、ルートが不鮮明なので、まさにその通りだと思います。観光船が復活してくれれば楽だったのに。
アーサー王伝説の神剣エクスカリバーや、ドラゴンボールに出てくるゼットソードのような、岩に刺さった神剣が釜石にあると知り、それをぜひとも抜き・・ゲフッ・・拝みたく、行ってきました。
その場所は、尾崎半島の奥にある尾崎神社の奥の院。尾崎神社には、浜町の里宮と、尾崎白浜の本宮、青出浜の奥宮、最奥の奥の院の4か所があります。
アクセスは、震災前は青出浜まで観光船がありましたが今は無く、尾崎白浜まで車で行ってからしばらく歩かねばなりません。しかも、ルートは地形図の通りではない上に、熊によって途中の標識が柱ごと破壊されて消滅しているために、GPSの示す地形図ルートを1つの目安として、わずかな痕跡を頼りに進んでいくしかありません。
以下のログを見ても、青出浜までの前半の往復がカギとなるのがお分かりかと。
まず、レンタカーで尾崎白浜に着いて、近くにいた人に駐車しても問題ないか確認して本宮の近くに車を置いて参拝、実は本宮からそのまま遊歩道でも伸びているのだろうと軽く考えていました。
しかし、道が無い。案内板も無い。
海岸沿いに車道末端まで歩きましたが登っていく道も標識らしきものも見当たらず、末端近くで作業していた漁師さんに尋ねたら、上に上がって林道末端まで行き、そこから歩くんだと教えてもらいました。本当に今から行くのか?(午後2時半) 道に迷うなよと何度も念を押されましたが、その意味は後で知る事に。
車を動かして林道に向かいましたら、ガレていて、走行ラインを慎重に見極めながら左右に振って行かないとパンクしたり車体を損傷する恐れが。自家用車を持った事のないレンタカードライバーですが、フッと口元を緩めながらグイグイ進みます。
林道末端は縦に2台分くらいなら置くスペースがあります。虫よけスプレーなど身支度を整えて登り始めます。最初はジムニーなら行けるかなというくらいの作業道レベルですが、右に 曲がった後は崩落などで道が狭まり、尾根を越える峠では徒歩道に。
倒木がある峠部分は要注意です。地形図でも道がクロスしてますが、そのままだと山を登る違う道に行きそうになります。たまたま、林業作業で休憩していた地元の方がいて(音も無く近づいたんで驚かせてしまった)、方向を教えてもらいましたが、最初は半信半疑な感じ。
というのも、ジグザグに急速に暗い林の中へ降下していくコースで、少し降りてからはしばらく一直線に。踏み跡の痕跡は感じられるものの、気を付けていないと道が分からなくなります。こんな感じで藪が無いので、どこが道だと言われても不思議はない。
たまたま気づけた標識の残骸。熊に破壊しつくされたんですね。板を止めるボルトが残っているので、標識だったと分かります。 帰りにさらに、行きでは気付かなかった残骸を見つけました。
これは青出浜にだいぶ近づいた地点の標識。これが無かったら左前方に行ってしまうかも。
やっと青出浜の奥宮に着きました。水場で給水します。これは助かった。 時間が無いので青出浜には降りられませんでした。
ここから先は倒木があるものの道は分かりやすいのでさほど問題はないでしょう。ただ、奥の院の少し手前で感じたものがあって足が止まり、大急ぎでリュックから音ピストルを取り出して弾を装填、3発撃ったら上の尾根の方から犬の唸り声のようなものが少し聞こえました。たぶんヤツです。さらに2発撃って去った感じがしたので、そのまま続行。ほどなく奥の院に到着。
玉垣は震災後に修復したそうです。
これが神剣かっ・・!
これを抜いてそっと戻したかどうかは内緒ですが、何か強くなったような気がする(えー)。
まあともかく、山の日没は早いので、すぐに撤退にかかります。帰りは所々で念のためにピストルを撃ちました。よく見ると、標識の破壊されたエリアでは数メートルおきに蛍光テープの破片が地面にあり、それでルートに確信が持てました。
結局、2時間ちょいで林道末端から往復できましたが、地元の人に教えてもらわなかったら行けなかったと思います。観光案内のpdfファイルにはトレッキング上級者でも要注意とありましたが、ルートが不鮮明なので、まさにその通りだと思います。観光船が復活してくれれば楽だったのに。