上砂川の裏側、宮城の沢と鍋の沢に沿って、古くから上砂川本町へと抜ける道がありました。
その南側には古い炭鉱があったのですが、鍋の沢とその炭鉱の間に、現在の地形図には開削地が描かれています。
これが炭鉱関連の何かなのか、何があるのか気になる、ついでに古道も踏破したいというわけで。

この前編では、夏場に自転車で行ける末端まで下見に行ってきた記録です。今回の冬の本探索は後編で。
舗装路の尽きた地点に碑があります。
右に少しガレた急角度の分岐がありますが林業作業道でしょう。
手前にガードレールと、対岸の際の左右に土管が。
直方体になっているので岩ではなく構築物。護岸か橋か。
道が整っているのはこの辺まで。電柱もここから細いものとなり、少し先で途絶える。
現在の地形図で点線道に変わる地点の左手に何かの遺構が。

左側の縦書きが「児童遊園」、真ん中下の横書きが「オープンスペース」。長方形の30区画が5つ並んでいるので、キャンプ場の跡だろうか。
ここから地形図の点線道で、地面が少し緩くて自転車に乗ったまま進めないのもあって、これにて撤収。この地点まで真新しい車の轍があるのが驚きますが、この古道の本領はまだまだこんなものではない。
後編に続く。
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