国道脇に鉱山というのは考えにくいかもしれませんが、道内有数の規模であった静狩鉱山も敷地の真ん中を国道37が貫いていましたので、当時の産業需要を考えると自然な事だったのかもしれません。
で、さっそく現地です。この道は国道37の旧道。右手に大きな崖地形で、写真右脇に以前は廃屋がありました。
下の写真の左が旧国道の土手で左が崖斜面で、間が少し窪んでます。ドラム缶と廃タイヤがありましたが、ここには建築物の跡は無いようです。
奥の方も切り立っていて、長年の小崩落の土砂の蓄積で下の方は埋もれています。
廃屋のあった辺りの背後に、コンクリの遺構。大きさと形状から言って索道(リフト)の土台じゃないかと。 そうすると”本命”は上という事になります。
その脇に、車幅くらいの急な徒歩道の跡らしきものがあったので登ってみると、ちょっとした崖と崩落。
その右脇にさらに道らしき切り通し地形。左に回り込むようにカーブしてます。
ここで道のような線形は終わりです。 ここでも採掘していたんでしょうが岩の成分はどんなものなんでしょうか。
崖上の方へ登ってみないと何があるのか無いのか分かりません。付近の旧国道の脇には土管の一部やトタンや木材が流れてきてますから、以前は上に人工物があったということ。
時間の関係で一旦切り上げて1週間後に再訪しました。雪が積もって遺構が見えにくくなってしまったのが残念です。
国道37旧道の入り口の近くに、ヤマに入る廃道を見つけました。写真の左端は現在の車道です。廃道は一部が川になってエグられており、年月を感じさせます。
廃道に入ってすぐですが、直径30cmくらいの錆びた鉄パイプが横たわってました。写真下部。
さらなる遺構に期待が持てます。藪や倒木に塞がれて夏場であればとても道には見えない所を登っていくと。地形的には平場が広がっています。派手に荒れていますが、見かけには惑わされずに足元の地形そのものが平場か道か注意して追って行く事が大切です。
登ってきた道を振り返るとこんな感じ。写真では分かりにくいですが車1台幅はあるものの結構な傾斜で、自動車通行を想定した道ではなかったのでしょう。そういう時代のものかと。
ここで新たな遺構を発見しましたが、後編に続きます。
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