前回の記事の続きですが、本来はこちらが主目的でした。
まずはWebで拾った1947年の地形図。現在の元山ではなく、水松沢変電所の辺りです。ここにある馬車軌道が後に鉱山専用線になりますが、その際に位置と線形が変わって車道になった部分もあります。
こちらが現在の地形図。
上のA地点ですが、車道から見ると橋に見えます。
接近してみますと、幅のある橋ではなく、地面がそのまま広がっていますので、これは排水口ですね。という事は、この辺に何があったのか。
遺構のように見えなくもないものが斜面際にあった気がしましたが、クマの出没警告もあって藪に入って確認するのはやめました。この辺は、鉱山専用線の車道を横切った延長ラインにありますので、この辺まで分岐線が伸びていたことも考えられます。
続いて、B地点の精錬所煙道とされるもの。道路のすぐ脇にありますので、車道を作る時に切られたのではないかと思います。川の方を探せばまだ遺構がありそうな気もしますが、それも今後の課題。
ちょうど車道からの裏側になります。奥が車道に面しています。熊が潜んでいる可能性もあるので、恐る恐るでした。
上の写真の左側に横穴が開いていますので、左に回ってみました。溝がありますんで水でも流れ込んでいたのでしょうか。
そのすぐ脇の遺構。
接近するとこんな感じ。
水松沢変電所の辺りは何かに使っている敷地で車も止まってましたのでスルーして、C地点の神居橋、鉱山軌道跡の橋台です。右側もあります。
D地点にも橋台と橋脚。短い区間ですが橋脚を設ける必要があったのか。
そして車道とクロスして一直線。ここから先は分かりやすいです。
道道1号とクロスする地点。豊羽側に向かって。
これは踏切の跡を舗装し直したものと思われます。
定山渓の市街に入って、鉄道の築堤が写真右手に少し小高く続いています。
錦橋で、写真左が橋台です。この辺で専用線は終わります。
精錬所の周辺はもう少し調べる余地がありそうな気もしますが、とりあえずざっとこんなものでしょう。
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